大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)696号 決定 1977年3月07日

抗告人

亀石祥子

外三名

右抗告人ら代理人

西川美数

相手方

三喜商事株式会社

右代表者

大塚久子

主文

原決定を取消す。

抗告人が本決定の正本送達後七日内に金一五〇万円の担保を供することを条件として、次のとおり決定する。

相手方は別紙目録記載の土地のうち別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を直線で結んだ部分について建築物その他の工作物を設置することにより、右土地部分の現状を変更してはならない。

執行官は右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、さらに相当な裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は、別紙「理由書」に記載のとおりである。

一よつて判断するのに、一件記録によると次の事実を一応認めることができる。

(一)  東京都杉並区井草一丁目一一六番、同所一一七番は、もと抗告人らの父西垣真一の所有(所有名義人は、西垣命)であつたところ、真一が昭和二四年八月二三日死亡し、また同人の長男西垣命も昭和四二年五月一日急死したため、同年六月頃相続人間で右土地について遺産分割を行なうことになり、右一一六番の土地を、一一六番の一ないし五(後日、一一六番の一から、同番六、七を分筆)、一一七番の土地を一一七番の一ないし三に分割のうえ、一一六番の四と一一七番の二は抗告人ら四名の共有、一一七番の一は命の妻美子、その余の土地は(一一六番の二、三を除く。これらの土地は、遺産分割当時すでに他へ処分ずみであつた。)命の長女幸子の所有とすることに定め、それぞれ分筆及び所有権移転の登記がなされた(抗告人らの取得した分については昭和四九年一二月一〇日、命から遺贈により抗告人らに所有権を移転した旨の登記がなされた)。

(二)  幸子は、丸五商事有限会社(現商号、丸五商事株式会社)に、昭和四二年九月一二日頃右一一六番の五、六の土地を、更に、相手方に、昭和四八年五月一五日頃一一六番の一、七及び一一七番の三の各土地をそれぞれ売渡し、その旨の登記手続を経由し、相手方は、昭和四八年七月頃右一一六番の一の土地上に建売住宅三棟を建築し、これを丸五商事株式会社に売渡した。

(三)  本件各土地の位置、地形等は別紙図面のとおりであつて、抗告人らの所有する右一一六番の四、一一七番の二の土地は地続きの一区画の土地であり、その東側は、小塩節の所有にかかる同所一一八番の一、二(同所で幼稚園を経営)に接続しており、その境界は生垣で区切られ、東側の公路への通行は不可能である。またその北側は、一一七番の一と接しているが、一一七番の一との境界には、ブロツク塀が設置されており、右土地には建物が建築されている。またその南側は、同所一一六番の五とブロツク塀で仕切られているが、境界線の西端寄りの部分は約二、九七米にわたつて障害物がなく、この部分のブロツク塀を取りはらうと、幅約二、九七米奥行約二、六〇米の空地を経て、幅員四米の通路(同所一一六番の七)に通じ、西側の公路に出入することが可能である。その西側は、同所一一七番の三、一一六番の一に接しており、右一一六番の一の地上には殆ど敷地一ぱいに二階建の家屋三棟が南向きに(一一六番の七の通路に向いて)建築されており、一一七番の三は空地のままで、西側の公路に接している。一一七番の三の西側公路に接する部分は九、五五米であり、その奥行は一八、八八米である。

(四)  相手方は、右一一七番の三に建売住宅を建築する予定を樹てているが、現在、抗告人らとの間で本件通行権に関する本案訴訟(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第二五〇九号事件)が係属中であるので、右本案訴訟の確定をみるまで、右一一七番の三の土地のうち南側隣接地の同所一一六番の一との境界線から幅員二米の部分について、現状のまま更地として、同土地部分には建物工作物を構築しないことを確約している(疎乙第五号証)。

(五)  本件土地は市街地のなかにあり、付近一帯は宅地化しており、右分筆のなされた土地は、いずれも地目が畑(昭和四九年地目を雑種地に変更)であるが、現況は一一七番の二、三、一一六番の四、七を除いてすべて家屋が建築されていて、宅地として使用されており、一一六番の七の現況は通路、一一七番の三の現況は空地(一部駐車場として利用)である。

二以上の認定のとおり、抗告人らの所有する一一七番の二及び一一六番の四は、遺産分割に伴い、公路に通じない袋地となつたことが認められるので、右土地については、民法二一〇条により囲繞地通行権があるといえる。

そこで次に右通行権を認めるべき場所及び範囲が問題となるが、前判示のとおり、右袋地(以下本件土地または本件袋地という)の現況は宅地化しているといえるところ、袋地が宅地である場合、民法二一〇条所定の囲繞地通行権を認めるにあたつては、宅地としての用途をまつとうさせたるめに、通行の安全及び防災等の見地から設けられている建築関係諸法による制限も、参酌すべき事情として考慮に入れて、通路の幅員を判定すべきものと考える。民法の囲繞地通行権は、往来通行の必要のみを充たせば足りるものではなく、それは袋地の用途に従つた利用に適合するものでなければならず、前記法令による建築の制限という行政取締法上の問題であつても、本件における「用途に従つた利用」の判断に関し私法上の意味を持つことのありうることは否定し難く、これを行政法規上の問題として殊更に無視するのは、現に存する事実に目をふさぐ嫌いがあるからである。

ところで、本件土地の位置・形状の関係上、本件土地に適用される建築基準法四三条及びこれに基づく東京都建築安全条例三条によると、「敷地の路地状部分の長さが一〇メートルを超え二〇メートルまでのときは、敷地の路地状部分の幅員は三メートル。建築物の延べ面積が二百平方メートル以上のときは、右幅員は四メートル」と定められている。

そうすると、本件袋地には延べ面積二百平方米以上の建築物を建築しうるので、本件袋地上に右建築物を建築し宅地として利用するには、幅員四米以上の通路により公路に通じていることが必要であるといえるから、抗告人らは、囲繞地通行権の行使として囲繞地の事情等諸般の事情を考量して相当と認められるかぎり、幅員四米の通路の開設を求めることができるものというべきである。右通路の開設を認めないと、本件袋地には建造物を建築できないことになり、土地利用上重大な支障を生じ、相当でない。

なお、相手方は、本案訴訟の確定をみるまで一一七番の三の土地のうち南側隣接地の一一六番の一との境界線から幅員二米の部分について現状のまま更地として建築工作物を構築しないことを確約しているので、本件申請は失当であると主張するが、前述のとおり、袋地が宅地である場合には、幅員二米の通路により往来通行に支障がなくても、建築関係諸法を斟酌してこれらの規定に適合する通路の開設を求めることができると解すべきであるので、相手方の主張は直ちに採用できない。

三本件において、抗告人らは、一一七番の三の土地に、幅員四米の通路の開設を求めるので、その当否について判断を進める。

囲繞地通行権は、通行の場所及び方法について、通行権を有する者のために必要にしてかつ囲繞地のために損害の最も少ないものを選ぶことが必要とされている(民法二一一条一項)。ところで前記のような幅員の通行権を認めると、これが受忍を強いられる囲繞地所有者の損害は大きいものといわねばならず、相隣関係の基本原則は右民法の規定からも窺われるように隣接する不動産の利用の調節を期するにあるから、記建築上の制限に基づく抗告人らの主張もそれだけで他の事情を排して常に貫きうるものではなく、隣地の利用関係その他諸般の事情を考量し、これを肯認すべきか否かを決しなければならない。

前認定のとおり、本件袋地(一一七番の二と一一六番の四を合せて約九〇坪)は、その東側と北側は敷地一杯に建築物や施設が設置されていて公路への通行は不可能である(なお、本件袋地は前判示の遺産分割によつて生じたものであるから、東側小塩節所有地については通行権を主張できない。)。公路への通路の開設の余地のあるのは、南側と西側である。南側の現状は、丸五商事所有の一一六番の五とブロツク塀で仕切られているが境界線の西端寄りの部分は二、九七米にわたつて障害物がなく、この部分のブロツク塀と、一一六番の五の地上にある建物の一部もしくは一一六番の一の地上に建築されている建物に付属するブロツク塀、庭先の障害物など(右一一六番の一の地上の建物は相手方において建築し、敷地とともに丸五商事に譲渡された)を取り除くと、幅員四米の通路(相手方所有の同所一一六番一七)に通じ、西側の公路に出入することができないものでもない。西側の一一七番の三(約五四坪)は、現状は空地であり、ここに通路を開設することは、もつとも手つ取り早くかつ抗告人らにとつて便宜であるが、右一一七番の三の土地は、相手方において近く建売住宅の建築を予定している土地であり、幅員約九、五五米、奥行一八、八八米の細長い形状の土地で、抗告人らのためにその南端に幅員四米の通路を開設すると、右土地の用途は著しく制約されてしまう状態にある。

右によれば、抗告人主張の通行権を認めた場合、囲繞地所有者たる相手方もしくは丸五商事の受ける損害は少なくないといえるのでこの点を無視することはできない。

しかし、さらに本件資料によると、前記の遺産分割にあたり、関係者間で、抗告人らの取得すべき本件土地から西側公路に至る通路として、幸子が取得すべき西側部分の土地に間口約二間程度の通路を設けることが予定され、その代償として抗告人らが分割を受けるものと予定されていた面積一〇〇坪から一〇坪を減ずることとし、抗告人らの取得する土地の範囲が定められたこと、しかるに幸子は右通路に予定されていた西側の土地を相手方(その最南部一一六番の六は丸五商事)に譲渡し、また南側一一六番の五を丸五商事に譲渡したこと、そして本件土地は相手方の建築した建物及びブロツク塀などで周囲を囲まれてしまい立入ることもできない状態になつていることを一応認めることができる。

右事実によれば、本件袋地が生じたのは、前記遺産分割による囲繞地の取得者幸子及びその譲受人たる相手方らが本件土地の利用上の必要を無視して囲繞地の処分ないし利用をしたことにより齎らされたものというべきであるから、本件において、前記抗告人ら主張の通行権の確保により囲繞地所有者の蒙る損失も、袋地の利用上の要請に鑑み止むを得ないものとしてこれを受忍すべきものと考えるのが相当である。なお、幸子が相手方らへの土地の譲渡にあたり前記遺産分割の際の経緯を明らかにし、本件土地のための通路確保の必要性を告げたかどうか、本件資料から明らかでないが、いずれにせよ譲受人が譲受土地を使用するにあたり、本件土地の宅地としての利用を不可能とするような方法をとることを是認せしめるものではない。よつて、抗告人ら主張の通行権は、前記南側もしくは西側につきこれを肯認することができるといえる。なお、これによつて譲受人の蒙る損害については、上述の事実関係及び譲渡の際の事情に基いて関係当事者の間で調整されるべきものと考える。

四そこで次に、抗告人らに幅員四米の範囲で通行権を認める場所として、本件袋地の南側と西側のいずれにこれを認めるべきかが問題となるが、一一七番の三は現在空地であり、本件土地から一八、八八米の距離を直進して公路に達するものであること、さらに本件資料によつて疎明される次の事実、すなわち、南側に通路を設定すると、公路から前述の一一六番の七(奥行約一八、八〇米余)を経て左折し約2.60米北進して本件土地に至り、そのままでは通路の長さが二〇米を超えることになり、さらに法令上の制限が厳しくなるので、これを避けるためには一一六番の一の部分を利用するなどの措置を講ずる必要を生ずると考えられること、丸五商事が本件南側の土地一一六番の五と一一六番の六を買受けたのは昭和四二年であるが、当時本件土地の西側及び南側の隣接地のうち一一六番の五以外には建物はなく、本件土地のための通路の開設は比較的容易であつたけれども、その後昭和四八年に相手方が西側一一七番の三、一一六番の一及び七を買受け、一一六番の一に殆んど敷地一杯に建築したことにより、一一七番の三以外には現存の建物の一部を除却することなしに本件土地の必要を充たすに足る通路を求めることができなくなつたことをも合わせ考えると、抗告人らのため通行権を認める場所としては、相手方所有の一一七番の三とするのが相当と考えられる。

五以上によれば、抗告人ら主張の通行権については一応その疎明があるというべきである。そして、相手方が一一七番の三の土地に建築物を建設すると、抗告人らは回復することの困難な損害を蒙るに至ることが明白である。

よつて、本件仮処分申請は、その疎明があるものとして、当裁判所が諸般の事情を考慮して定める保証金一五〇万円を抗告人らにおいて供託することを条件とし、これを認容すべきものと考える。

よつて、本件抗告は理由があるので、主文のとおり決定する。

(安岡満彦 山田二郎 堂薗守正)

目録

東京都杉並区井草一丁目一一七番三畑   一七八m2

抗告の理由<省略>

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